KAMINOSとわたしの熱い道 ~アルゼンチンのスーパー・エンタメ・ユニット4度目の来日に向けて~

-福岡のコンサート・イベント企画制作会社 ヨランダオフィス 代表のブログ-

カテゴリ: ヒストリー

2019年、更にグレードアップして来日するKAMINOS(カミーノス)

ヒストリー第5話は、やっと彼らの初来日・初日の話になります。

当時は、スマホもSNSもWi-fiも そんなに普及していなかったので、
彼らが飛行機に乗るところまで確認した後、
約28時間、無事に到着するのを祈るのみでした。

2009年11月18日、午前7時過ぎ、
彼らの飛行機が成田に到着したのをネットで確認した約30分後、
03-××××-××××から着信が・・・

8時前に電話が鳴ることなんてないので、チョット嫌な気配を感じつつ電話に出ると、
「ブリティッシュエアウェイズの〇〇と申します」と男性の声。

え~~??? なに? なに~~???

と叫びたいのをグッとこらえ、話を伺うと、
「そちらでご手配されたアルゼンチンからの御客様が、
 ラージドラムが無い、とおっしゃっておられまして、
探してはみたのですが、
今、成田に着いた便には乗っていなかったようなのです」

むむむ・・・ ボンボが行方不明!

彼らが乗り継いだヒースロー空港では、
当時、荷物の紛失が多発しているという噂もあったし、
その数年前、ブリティッシュエアウェイズの荷物の紛失も多かったようなので、
万が一に備え、本番までに調達不可能なもの=衣装と靴は、必ず手荷物で持ち込むように、
と、メンバーには話してありましたが、
まさか、福岡では買えない民族楽器ボンボが行方不明になるとは・・・

(楽器のトラブルに備え、事前にいろいろ調べていたのですが、当時、ボンボは調達に1週間必要でした)


Diego y Martin-1
美しく迫力ある歌声のヴォーカリスト:ディエゴ(写真左)が演奏しているのがボンボです。
メンバー紹介は また後日・・・


ブリティッシュエアウェイズが、ヒースロー空港を探しており、
昼過ぎの成田-福岡便の出発まで、捜索状況を彼らに伝え、
こちらにも連絡をくださるというので
「とりあえず、楽器は用意するから安心するように、と伝えてください」
と、伝言しました。
(私のナンチャッテスペイン語で話すより、ブリティッシュエアウェイズの紳士に話して貰った方が、彼らも安心するだろうと思ったので)

お昼前に、再度ブリティッシュエアウェイズから電話があったものの
「まだ見つかりません」とのこと。

「ところで、彼らは、どうしていますか?」と尋ねたところ、

「それがですね・・・ 

ラージドラムの持ち主の方と、リーダーらしき方は、
やはり、少しナーバスな面持ちなのですが、
他のメンバーの方々が、待ち時間も長いので、退屈しのぎなのでしょうか、
楽器を演奏されたり、歌を歌われたりして、
今、空港では ちょっとしたライブが始まってまして、
私どもも、楽しませていただいています


とのこと。

なんと素敵な話!
思わず、大笑いしてしまいました。

まぁ、笑えるのも、その時点では、ボンボを借りる段取りが整っていたから、こちらも少し余裕があったわけですが・・・

その後、福岡空港で彼らの到着を待っている時に、
ボンボは、アイルランドで見つかり、2日後の夕方には福岡に到着、と連絡がありました。

その夜は、アルゼンチン料理店「ポルテーニョ」で、空港でのライブの続きもやって貰い、
楽しいツアーの幕開けとなりました。

朝っぱらからの「ボンボ貸して貰えませんか?」のお願いに
「いいよ~。天神まで持っていこうか」とご快諾くださったHARUさん
あのご恩は、一生忘れません。ありがとうございました。

※この写真は、HARUさんのFacebookからお借りしました。
 https://www.facebook.com/haruoffice?ref=br_tf
 センターの女性と男性のデュオがHARUさんです。
 http://www.harudesu.jp/HARU/Home.html

HARU

リハーサルでは、HARUさんのボンボをお借りしました。
国内外で御活躍のHARUさんが、あの日、福岡にいらして、本当に良かった!

アイルランド経由で福岡に到着したボンボ。
楽器自体は無事だったものの、木製のケースがズタズタでバラバラの悲惨な状態でした。
しかし、災い転じて福となす!
2011年の2回目の来日の際には、保険で新調した立派なソフトケースになっていました。

2019年、更にグレードアップして来日するKAMINOS!
彼らの初来日公演の開催を決心したのは、今から10年前の2008年です。
(当時は、KAMINOSというユニット名は定めておらず「LACRUZADA」という演目名だけでした。)


年賀状 ヨランダ20092009年のヨランダオフィスの年賀状で、このツアーについて意思表明したところ、年明け早々、いろんな方から
「観たい!観たい!」
という嬉しいご意見も沢山いただきましたが、
「そんなことして大丈夫ですか~???」
という御心配も各方面からいただきました。

確かに、彼らは本当にやってくるのか?
コンサートにお客さんはきてくださるのか?
失敗したら大赤字どころではなく、ヨランダオフィスの存続も、自分の生活も危ういというリスクたっぷりのツアーです。


勿論、不安もありましたが、
私には「大丈夫です!楽しみにしててください!」と言える根拠があったのです。


前のブログ【003】にも書きましたが、TVQ九州放送、天神エフエムの男気溢れるサポートがありました。
正確に言えば、担当者個人が自社の媒体を好きなように使えるわけではないので、お二人の気持ちを信じることが大きな勇気となっていた、ということになります。


さて、メディアでのサポート体制が出来ていても、素材が揃わないと効果的な告知にはならないのですが、ここでまた、私には凄い味方がいたのです。


アルゼンチンから届いていた映像は、私の心を動かすには十分なものでしたが、今ほどデジタルビデオカメラが普及していたわけではなく、画質の粗いものでした。

う~~ん、どうしよう??? と悩んでいた2008年、マンハッタン・ジャズ・オーケストラの公演のお仕事をいただきました。これまた、大きなホールの一番後ろから固定で撮影した記録映像しかなかったのですが、実に臨場感溢れるワクワクするTVCMが出来上がったのです。

この時、「この人に頼めば、LA CRUZADAのCMもバッチリ!」と確信しました。

その前にも「小曽根真&塩谷哲DUET」「小曽根真ピアノソロ」などのCMを作って貰っており、こちらは元の素材もTVCMに相応のものだったのですが、マンハッタン・ジャズ・オーケストラのCMが出来た時から、素材動画の画質は問題ない!この人さえいれば大丈夫!と、この若いディレクターを心底尊敬するようになりました。

そんな方が作ってくださったCMがこちらです。




そして、チラシやポスターのデザインは、数十年ぶりに再会した幼馴染に頼みました。

かつては大手広告代理店でグラフィックデザイナーとして活躍し、退職後、アメリカの友人のところに旅行した際、某航空会社のWEB制作をチョット手伝ったら、「このままアメリカで仕事をしてくれ~」と言われ、ハリウッド映画のタイトルロールを作るようにまでなっていたそうです。

連絡先もわからない状態が長く続いていましたが、彼女が帰国した後、2007年に運命の再会をしました。想い出と夢を語り合った雪の夜のことは今でも鮮明に覚えています。

東京在住の彼女とメールでやりとりをしながら出来上がったポスターがこちらです。


2009年チラシ表アルゼンチンのカリスマダンサー:ポラコ(右上)の目ヂカラがしっかり伝わってきます。


このポスターの左下にある

未体験の魂の震えは
感動という言葉では言いたりない


というキャッチコピーは、田川公演の実行委員会を作ってくれた友人が、我が家で合宿状態の日々の中、毎夜毎夜ビデオを観ながら、あーでもない、こーでもないと試行錯誤の上、生み出してくれたものです。


当時のヨランダオフィスは、今より事務所も狭く、年間に関わるコンサートの数も片手で足りるくらいの、今より更に小さな事務所でしたが、周りの凄い人たちのお陰で、地球の裏側から情熱のエンタテイメント「LA CRUZADA」(by KAMINOS)を日本に呼ぶ決心が出来たのです。


2019年10月、カミーノスは男性ダンサーも増やし、更にグレードアップして来日しますが、
詳細を公開できるまで、しばらくは、ヒストリーを綴っていきたいと思います。

 flyer_2009

2008年に届いたアルゼンチン公演の映像を観て、

「たった1年でこんなに良くなるなら、次はもっと凄いはず!」

と、確信した私は、彼らを日本に呼ぼうと、せっせと企画書を作り、ビデオも添えて、
各地でこのショーの主催者を探しをはじめました。


映像を観てくださった各地のホールの方々やTV局の方々・・・
「カッコ良さそうですね~。個人的には是非観てみたいですが、
果たして集客できるのか、はたまた、気まぐれなラテン人たちが本当に来日するのか・・・
初来日公演をするのは、ちょっと怖いですね」と口々におっしゃいました。


そうなのか・・・ 初来日でなければいいのか!
ならば、1度、初来日ツアーをやってしまえばいいのね!

と、実に無謀な、いや、ポジティブな決心をしました。


とは言え、
福岡拠点のヨランダオフィスが他県の公演を主催しても集客しきれるかどうか
という不安はぬぐえません。(過去に痛い思いもしましたし)

そうなると、福岡公演のみ・・・


9名のグループの渡航費、滞在費、公演に関わる費用、宣伝費・・・
到底1公演でまかなえるはずもありませんが
TVQ九州放送、天神エフエム(現在はLOVE FM)の熱いサポートを頼りに、
電波の届くエリアで数か所の公演が出来れば何とかなるかも! と、
福岡公演は、天神エフエムさん管轄の西鉄ホールで4日間6公演やらせて貰うことにしました。


福岡県田川市出身の長年の友人(先輩)にビデオを観て貰ったところ

「僕が子供の頃は、田川は活気があって、
 凄い演奏家が中学校へ演奏に来てくれたりもしたし、
 いろんなアーティストを観る機会があったけど、
 今は、そんな機会もほとんどなくなってしまった。
 僕らが田川のみんなに、この凄いコンサートを観て貰う機会を作るよ」

と、同窓生の皆さんと実行委員会を立ち上げ、田川公演が決まり、
福岡県久留米市の石橋文化センターが共催してくださることになり、久留米公演も決定。


福岡県内で3か所、全8公演に加え、
グリーンランドにあるホテルヴェルデで昼・夜2公演のディナーショーを開催してくださることになり、
初来日ツアーは全10公演と決まりました。


2009年、「LA CRUZADA」という演目での来日でしたが、
当時、グループ名が無いことに気づく余裕もないまま、
クルサーダの初来日ツアーへ向けてマッシグラ。


日本では、だ~~~れも知らなかった「LA CRUZADA」、
そして、今にも増してちっぽけなヨランダオフィスの企画・招聘。


大丈夫なのか???


次回4度目の来日を予定しているということは、勿論、大丈夫だったわけですが。

続きは次回・・・

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